1月定期講習会参加レポート
〜遺伝子検査活用術教えます〜
大阪市立大学医学部附属病院 中家 清隆
(はじめに)
遺伝子検査技術が日々進歩し,感染症検査分野においても欠かすことのできないものになってきています。しかし私たちの使用している技術の多くはキット化されたものがほとんどですが,
それ以外の技術を駆使し臨床に役立つ検査を行っている先生方もおられます。現在の遺伝子技術を活用して具体的にどのように活用できるのか,同定不明な菌株および診断のつかない臨床検体の診断例などを交えて岐阜大学大学院医学研究科 大楠清文先生に御講演して頂きました。
(感染症診断領域における遺伝子増幅法の利点)
・早期診断 ・抗菌薬投与(前治療)後の病因診断
・培養不可能か困難な病原体の検出 ・遅発育性病原体の検出
・極めて病原性の強い微生物の検出 ・耐性遺伝子の検出
・病原因子・毒素の検出 ・未知の病原体検出の可能性
(遺伝子検査のステップ)
1.検体採取・搬送 2.核酸抽出 3.増幅反応
4.増幅産物の検出 5.結果の解釈・報告
(PCRの原理)
PCRの問題点は菌の推測しないと同定しづらいが,それが出来れば有用な方法です。
(ハウスキーピング遺伝子を用いた方法)
殆どの細菌が保有する遺伝子であるハウスキーピング遺伝子,16SrRNA(リボゾームの蛋白合成に関与)もよく用いられるハウスキーピング遺伝子の一つであり,これを検出することで菌の存在が証明できます。またこの遺伝子のシークエンス解析を行うことで,菌名を同定できます。この方法をbroad-range PCRといいます。
(PCR法のバリエーション)
・Hot-start PCR ・Multiplex PCR ・Nested PCR
・RT-PCR ・Broad-range PCR ・Real-time PCR(定量可能)
・Quantitative PCR
(遺伝子検査で診断された症例)
(症例1)
心内膜炎の患者さんで血液培養陽性,グラム染色の結果は陰性桿菌でした。市販のキットを用いると同定できなかった。
⇒N. elongata
ナイセリアは球菌ですが,elongataは伸びるという意味があり,長い形態を示すようです。
(症例2)
感染性心内膜炎の患者さんで血液培養から陽性桿菌が検出された。
⇒Streptococcus mutans
液体培養で若干形態が長く見えて陽性桿菌に見えたのでは?
(症例3)
結核検診にて間接レントゲンにて異常陰影を検出され,抗酸菌が検出されたのだが,DDHを用いても同定がつかない。
⇒新菌種でした。
<種の定義とは>
標準株に対して染色体DNAの定量DNA/DNAハイブリダイゼーション試験で70%以上の類似度があり,ハイブリッドの安定度(ΔTm)が5度以内に収まる菌株の集団を種とするとなっている。16SrDNA塩基配列では基準株と比較して97%未満の場合,別菌種(新菌種)の可能性がある。97%以上だとそれのみではっきりと決定することは出来ないのでDNA/DNAハイブリダイゼーション試験を行わなければいけない。
(症例4)
肝細胞癌の患者さんから発熱時の静脈血液培養(バクテアラート)48時間後に嫌気性ボトルが陽転し,グラム染色鏡検から湾曲したグラム陰性桿菌を確認した。ブルセラHK(RS)寒天培地嫌気培養, 36℃, 48時間後に半透明で水滴状の平坦な集落を形成. キャンピロ培地微好気培養25℃, 42℃発育せず. オキシダーゼ, カタラーゼ陰性, 活発な運動性があり, 嫌気性Campylobacter gracilis を疑ったが他の生化学性状の相違から同定に至らず。Api20AではPrevotella melaninogenica 99.3%を得られるが染色形態,集落の相違から同定できず.RapIDANAU同定不能.
⇒16S rRNAの1421bpのシークエンス解析を行った結果, Anaerobiospirillum succiniciproducens type strain ATCC29305 の塩基配列と100%一致した。
(症例5)
78歳,男性 肺癌,肝転移を認め,化学療法を開始し,38.7度の発熱を認め,骨髄抑制の為WBC;460と低いものの,CRP12.2と強い炎症反応を認めた.血液培養が8日目〜10日目に陽転し,コルクスクリュー様運動を示す螺旋状の桿菌を認め,極めて染色性の弱いグラム陰性螺旋桿菌であった.スキロー培地で微好気培養4日目,透明な湿性フィルム状の発育を認めた.⇒同定は遺伝子解析を実施した結果Helicobacter. cinaediとなった。
外傷患者の関節液からウマ血液寒天培地のコロニーをグラム染色しても菌が確認できなかった。
⇒Mycoplasma hominis
この菌はMycoplasmaの中で唯一血液寒天に発育するもので,初代培養ではPPLOで目玉状のコロニーは出来ず,継代培養することで目玉上のコロニーが観察できた。
(症例6)
淋菌の症状で尿検体からグラム染色でグラム陰性球菌が確認された。淋菌を疑ったが血液寒天でも発育したので確認のため遺伝子検査を行った。
⇒N. meningitidis(serogroup Y)
(症例7)
小児科の髄膜炎の患者さんから鏡検でグラム陰性桿菌が確認されたが,検査前抗菌薬投与のため,培養が陰性になったと思われる。
⇒Haemophilus infuluenzae(Type b) 菌が死んでいても検出可能だったので同定できた。
(症例8)
1歳の男児,左脛骨骨髄炎疑いで紹介入院となった患者です。左膝部に熱感あり,X線上も陰影欠損認め,膿貯留が疑われます腫瘍との鑑別は画像上難しく,手術し,病巣廓清予定です。3ヶ月間完治せずきておりますが,CRPは0.5前後(最初だけ6)と著明な上昇を認めておりません。(CEZ,PAPM/BP,MINO,CTRX等使用)前医では血液培養等行われておりますが,細菌検出できておりません⇒抗酸菌の共通の遺伝子を調べたところ増殖し,その部分をシークエンスしたところ,結核菌又はBCGとなった。結核とBCGの区別を遺伝子的に行いBCGによるものと推定された。生後4ヶ月の免疫が不完全な状態でのBCG接種を行ったために起こったものと思われます。
(症例9)
感染性心内膜炎で繰り返し血液培養を行ったが診断がつかない,その他にアトピー性皮膚炎,僧房弁閉鎖不全症,脳梗塞,脳腫瘍,脳動脈瘤,両側腎梗塞をもつ患者さんで歯科処置もされている。心臓の弁組織から遺伝子検査を実施。
⇒シークエンスを行ったら,S. aureusでした。MecAも検査しましたが検出されなかった。それらの結果から迅速な診断ができ,適切な処置ができた。
(症例10)
RAにてフォロー中の患者から,ヒジ,顔,前頭部に鱗片の様なものが付着した紅色瘢痕様局面,米粒大丘疹?皮下硬結多数,小膿疱を認め,病理組織学的に抗酸菌を検出しました。同時に微生物検査室にも検体が提出され,主治医はMycobacterium marinumを疑うということで,30℃および37℃のBacTALERT 3Dによる培養を施行中です。しかし,2週間以上を経過しましても,培養法で検出されませんでした。⇒M. haemophilumとなりました。名前から推測されるように,この菌には発育にヘミンが必要とされ,通常の培養では発育してこなかったと思われます。
NASBAとTRCの基本原理は同じで,特徴としては,RNAからRNAを合成できることと,反応温度が41℃なので恒温槽があれば反応も可能な点です。またRNAを検出するため死菌を検出しにくい特徴もあります。リアルタイムNASBAを用いてM. pneumoniaeなどを迅速に検出することも可能になります。NASBAで増幅したものを核酸クロマト法で検出することで,特殊な装置を使用せずに検査することも可能になるそうです。
(NASBA & 核酸クロマト検出法の特徴)
<NASBA法による遺伝子の増幅>
・特殊な機器が不要:恒温漕(41℃)で反応可能
・迅 速:反応時間 60分
<核酸クロマト法による増幅産物簡易検出>
・目視判定:機器不要 (安価),室温検出
・ 簡 便 :増幅産物アプライと展開液フローのみ
・ 迅 速 :短時間で判定可能 (10?15分)
・ 高特異性:サンドイッチハイブリダイゼーションを利用した増幅産物の検出
(まとめ)
現在感染症検査分野において遺伝子技術が多く用いられるようになってきましたが,導入していない施設もまだあると思われます。今回の大楠先生のお話で現在の遺伝子技術の活用方法や可能性,今後もっと身近にこの技術を導入できるという事がわかりました。このような検査が特殊な装置無しに,迅速に特異的な検査が簡単に行えるようになる日も近い将来にくると思います。現在行われている,感染症検査の技術や経験がこれらの技術と結びついてより確立した感染症検査になっていき,臨床のニーズに対応できるようになるのではないでしょうか。