感染症レビュー

〜急性脳炎(ウエストナイル脳炎および日本脳炎を除く)〜

京都大学医学部附属病院 樋口 武史


【はじめに】

 ひとくちに急性脳炎といっても種々の病原体によって引き起こされる脳組織の炎症に起因する疾患群の総称であり,感染経路や潜伏期などそれぞれの病原体により異なる。


【疫学】

 本疾患としては単一の疫学パターンをとらないことが多いが,特定の原因が関係したアウトブレイクも時にみられる。1997年にはエンテロウイルス71による手足口病流行に伴う脳炎の発生がマレーシアで発生し,翌年1998 年には台湾においても問題となった。2000年には兵庫県で流行時に脳炎死亡例がみられた。
また,近年の傾向として冬のインフルエンザシーズンに一致して脳症の増加が認められており,1998/99シーズンに217例,1999/2000に109 例,2000/01に63 例,2001/02 に227 例が報告されている。


【病原体】
 単純ヘルペスウイルス(herpes simplex virus),エンテロウイルス(enterovirus),アデノウイルス(adenovirus),麻疹ウイルス(meastes virus),ムンプスウイルス(mumps virus),アルボウイルス(arbovirus),狂犬病ウイルス(rabies virus),インフルエンザウイルス(influenza virus),などが含まれる。マイコプラズマ,スピロヘータ,レプトスピラ,リケッチア,真菌,寄生虫(トリパノソーマ,旋毛虫など)も脳炎を合併することがある。


【感染経路】

 病原体ごとに異なる。


【臨床症状】

 病原体によって症状も多種様々である。一般的には,最初は発熱,頭痛などの非特異的症状で始まることが多い。小児では不機嫌,腹部膨満,悪心,嘔吐などの症状も見られる。その後,神経障害に起因する症状が急激,あるいは緩徐に出現する。代謝性疾患,中毒,あるいは脳出血,脳血栓,脱髄性疾患などの器質的疾患,てんかん痙攣重積,急性小脳失調などの鑑別が問題になることもある。また,ヘルペス脳炎の際に特徴的な側頭葉の病変が発見されることがある。突発性発疹に伴う脳炎では,single photon emission CT (SPECT )で脳血流の低下,回復期のCTで軽度の脳萎縮なども報告されている。


【診断】

 診断には疫学状況,随伴症状,臨床所見,病歴聴取,検査所見,画像診断,あるいは家族歴などが参考となる。診断はウイルスの分離,中和抗体の上昇で行う。ウイルスの分離には,随伴症状により,咽頭拭い液,血液,便,尿,髄液などから採取されることが多いが,脳炎の原因とするためには,髄液から分離することが望まれる。エンテロウイルスの場合は,便からのウイルス分離を試みる。ヘルペス脳炎の場合には,髄液を用いたPCR 法が勧められる。


【治療・予防】

 単純ヘルペスウイルス,水痘帯状疱疹ウイルスではアシクロビル,サイトメガロウイルスではガンシクロビル,マイコプラズマ,寄生虫などでは適切な抗菌薬,抗寄生虫薬などによる治療を行う。痙攣の抑制,脳圧亢進・脳浮腫対策,呼吸管理,体液管理などの支持療法も重要である。予防については,ワクチンがない疾患に対しては個々の病原体伝播経路に応じた対策が必要となる。
 

【感染症新法の中での取り扱い】

 本疾患は五類感染症(全数把握)である。

○診断した医師の判断により,症状や所見から当該疾患が疑われ,かつ,以下の3 つの基準を全て満たすもの
  @発熱
  A突然の意識障害
  B以下の疾患の鑑別診断
 熱性けいれんや代謝性疾患,脳血管性疾患,脳腫瘍,外傷など(炎症所見が明らかではないが同様の症状を呈する脳症も含まれる)また,原因となった病原体の検索が望ましく,判明した場合にはその名称についても併せて報告すること。

○上記の基準は必ずしも満たさないが,診断した医師の判断により,症状や所見から当該疾患が疑われ,かつ,病原体診断や血清学的診断によって当該疾患と診断されたもの

 
【最後に】

 情報化社会の恩恵を受け,様々な情報を簡単に入手することができるようになりました。この急性脳炎をインターネットで検索すると,専門的な情報以外に本疾患に罹患された患者家族の手記などの情報の多さに驚かされます。何気なくいくつかを拝見していると,それぞれのご家族の苦労と努力などが手にとるように伝わってきました。日頃は感染症起因菌を中心とした視野から周囲を見渡すことが多く,今回患者側からみた感染症の恐ろしさを痛感しました。改めて感染症検査の一端を担っていることの重責を認識させられました。


【文献URL】
http://idsc.nih.go.jp/kansen/k03/k03_13.html
http://www.forth.go.jp/mhlw/animal/page_i/i04-23.html