国立病院機構 大阪医療センタ− 佐子 肇

 食中毒の季節がやって来ました。近年,海外渡航者の増加を反映して,海外での感染者特に赤痢は約70%が帰国者の発病であり,またサルモネラ菌は保菌者が入国して発病する症例が多く見られます。今回,インド旅行中に水様性下痢,発熱を認めた25歳女性の症例について考えたいと思います。

「症例」 25歳,体重72kg 女性
 1998年10月2日から12月23日までタイ経由インドに出かけた,25歳女性。12月20日微熱を伴った水様性下痢8回,21日に39.6℃,水様便10回,22日37.5℃,水様便7回,23日には解熱したが,泥状便7回あり,帰国時空港で検疫を受けた。整腸剤を服用し下痢は改善傾向にあったが,25日検疫所から赤痢菌検出の連絡があり,保健所指定の搬送車で隔離病棟に入院となった。入院時の検査では脱水状態はほとんどなく,白血球数及びCRPは改善傾向。好酸球はやや増加していた。糞便検査で,Shigella dysenteriae type2, S.sonnei, Campylobacter jejuni, Giardia lamblia(ランブル鞭毛虫)が検出された。

(設問) 糞便検査で複数菌検出された患者にたいして治療はどうするか
 @ 2種類の赤痢菌はまとめて細菌性赤痢としてニュ−キノロン薬で治療する。
 A カンピロバクタ−に対する抗菌薬治療を同時に行う。
 B ランブル鞭毛虫に対するmetronidazoleを最優先する。
 C 下痢が治っていれば特に抗菌薬を使う必要はない。

回答は解説の中から考えてください。

(解説)
 近年,細菌性赤痢の70〜80%は20〜30代を中心とする,主としてアジア地域において罹患し持ち込まれる輸入事例が,我が国の症例の主体を占めている。東南アジアを主とする海外感染例では複数の病原体が検出される可能性が高い。いわゆる旅行者下痢症からはサルモネラ,カンピロバクタ−,毒素原性大腸菌,エロモナス,プレジオモナスなどが効率に検出される。滞在期間が長くなると生活様式が現地人に近くなり,細菌以外に原虫や寄生虫にも感染する傾向が見られる。複数の病原体が検出された場合,どれを優先的に治療するか戸惑うことがある。本症例では症状がほとんど消失しているので,隔離の対象となった赤痢菌を最優先とする。2種類の赤痢菌は第一選択薬剤であるニュ−キノロン薬(ofloxacin)に対して感受性であったためlevofloxacin(クラビット)300mgを5日間経口投与した。開始2日後から赤痢菌はいずれも陰性化,以後再排菌は見られなかった。入院2日後C.jejunniが分離された。すでに開始されているlevofloxacin はC.jejunniに対して70%程度有効なので,第一選択薬であるマクロライド薬(クラリス、エリスロマイシンなど)を併用する必要はないと考えられた。ただし,ニュ−キノロン薬は投与により感受性菌を急速に耐性化させることが知られているため経過の観察が重要となる。本例はlevofloxacin 投与中から終了後まで連続して排菌があり,開始2日後からofloxacinに耐性化していた。糞便の顕微鏡検査で検出されたランブル鞭毛虫は小腸に寄生する原虫で,時に,胆嚢炎を起こすことがある。治療はmetronidazole(フラジール)1日750mgの7〜10日間投与した。ニュ−キノロン薬との併用は禁忌ではないが,いずれも神経系の副作用があるため,できればずらせて投与する。投与2日後からランブル鞭毛虫は消失した。