微生物検査分野定期講習会報告
医療に貢献できる感染症微生物検査とその取り組み方
〜付加価値のある結果報告をするための方法と
院内感染防止活動に関わるための情報とアプローチ〜
財団法人阪大微生物病研究会 坂本 雅子
本年度の定期講習会では'付加価値をもった検査室をめざして'を総合テーマとして企画してみました。付加価値といっても様々ですが,通り一遍の検体検査,機械的に結果を報告するだけの検査室ではなく,医療?臨床に役立つ検査のできる検査室,そのための付加価値をもった検査室が必要とされています。そのようなニーズに答えるためにはどのようなことができるのか,設備や予算の整った施設でなくてもできることはあるはずです。それは何かを探り,第一歩を踏み出す一助となればと思います。
平成16年4月27日(火)に第1回定期講習会として大阪府立急性期・総合医療センター臨床検査科感染症微生物検査 松岡 喜美子 先生に「医療に貢献できる感染症微生物検査とその取り組み方−付加価値のある結果報告をするための方法と院内感染防止活動に関わるための情報とアプローチ」と題して御講演いただきました。常に臨床に役立つ検査を追求されてこられた松岡先生に,日常業務のなかでどのようなことをされているのか御講演頂き,以下にその内容を報告します。
臨床医が知りたい「感染症検査情報」
医師は何を知りたいのか,聞きたいけど聞けないという医師の疑問を汲み取って,検査室から医師の知りたいことを提示してあげるのが最も良い検査であり,以下に我々が日頃実施している方法を紹介する。
1. 感染症微生物検査に適した検体とは?
○ 検体採取法
○ 検体品質とその臨床的意義
@ 喀痰の採り方と肉眼的品質管理について,予め検体採取時の解説資料(採取前にうがいをする,採取時の注意事項,検体の搬送と保存に関する注意事項)を各患者と病棟,外来に配布しておく。
A 検査結果報告にMiller-Jones分類による検体(喀出喀痰)の品質評価とGecklerの分類(喀痰,咽頭)をその意義(解説)と併せて報告する。(参考1)
<参考1>
2.検鏡時の菌量と割合,培養時の菌量と割合
鏡検および培養の菌量表示について割合と解説をする。鏡検で見えてた菌の形をイラスト提示することによって医師が直接検鏡するときに役立つ。これからは医師が直接塗抹標本を検鏡して診断する時代になるので,その援助となる。(参考2)
<参考2>
3.迅速検査法や簡易法の感度・特異性の表示
迅速検査法,簡易法の結果を陽性・陰性と報告するが,その結果をどこまで信用してよいのか,それについて感度・特異度を同時に表示する。その結果,再検査を実施したり他の検査データと照合したり判断材料を提供することができる。(参考3)
また,わかりやすい表現で誤解を招かない検査結果の報告の仕方・解説を工夫しなければならない。
<参考3>
4.感染症治療に即応した薬剤感受性結果の提示・耐性条件による薬剤感受性を絞り込む
2日間培養し,72世代/日,2日間で144世代交代した菌の感受性試験をしたところで元のデータとはいえない。しかし,現時では検査の限界から仕方のないことであるが,限界があればそれを補正すればよいわけで,生データをまず出して,その中から臨床に使えるような条件に変える。(参考4)
薬剤感受性検査は使える薬剤を調べるのではなく,使えない薬を調べている。薬剤感受性検査では105個の菌しか接種していない。感染病巣の菌量も不明で,感染病巣に薬剤が到達するかどうかもわからず,試験管内で検査しているだけで,感受性だから,またMICが低いからといってその薬が効くとは限らない。しかし耐性であれば臓器移行にかかわらず耐性は間違いなく効かないということであるが,感受性はその薬が使える薬とは限らない。そうすると144世代交代している菌の感受性データではもともとの感受性病態が保たれているものではない。遺伝子に組み込まれているものでなければ脱落することがあるので,その時にデータを補正しなければならない。例えばNCCLSでEnterococcus
spp.はアミノグリコシド系,セフェム系,クリンダマイシン,ST合剤は結果として表示してはならないということが言われているが,「○○○は臨床的に治療効果が期待できません」という表現で絞り込んでいる。併せて絞込み条件を示して,感受性結果を表示しないことを報告する。βラクタマーゼはプラスミド性に産生されるものが多く,薬剤の刺激がなくなるとβラクタマーゼ遺伝子を作るのを止めてしまうので72世代交代したところではβラクタマーゼを産生しなくなっている場合がある。そのときはβラクタマーゼは産生されているがペニシリン,セフェムは感受性であり結果が解離するようなことになる。このような場合はβラクタマーゼの条件により絞り込んでペニシリン,セフェム,カルバペネムは使用できないことを表現する。
菌が検出された検体が何である,どの薬剤が臓器移行が良いかということから治療が始まるので,臓器移行について,使用できない患者に関する禁忌,副作用の情報をいつでも提供できるように準備しておく。
<参考4>
5.検出菌の治療上の特徴と検体品質の解説
検出菌の解釈について検体品質から検体の再提出が望ましい場合は,検査室から検体の再提出を提案する。また,腸管系感染症では,その治療における化学療法に関して腸内細菌そうの改善を提案することもある。
6.報告内容の品質管理と品質保証
市販試薬培地について製造メーカーの品質試験成績書を入手保管する。品質管理が十分にされた試薬培地を使用することが基本である。
7.疫学統計の基になる検査データは,良品質の結果だけを対象に集計・解析する。
悪品質の検体の検査結果を含めた疫学統計は間違った情報をもたらす。
例えば感受性検査については常に接種菌量,単独菌であることをチェックすることから感受性検査結果の品質保証を行い,つまりは信頼性の高い良品質の結果であることを確認して,疫学統計の基礎ともする。
8.臨床への感染症微生物検査室の役割
何をするべきか?―感染症治療と院内感染拡大防止への貢献
(1)結果の迅速報告
(2)耐性菌分離・発生時の迅速報告
(3)院内感染予兆の迅速報告
(4)感染症疫学データの提供と共有
(5)感染症疫学統計データの提供と共有
(6)院内感染防止活動への参加
部屋がないからできない,物がないからできない,仲間にいれてくれないからできない・・・・やる気があるかどうかで,やる気があれば何でもできる。地道な努力,何かをすれば何かしらの成果が現れる。
おわりに
常に"検体検査ではなく患者検査を,臨床に貢献できる検査を"めざされる松岡先生のご講演でした。大阪府立急性期・総合医療センターだからではなく,我々のやる気さえあれば何かできることがあるはずです。更に今日では便利なお助けグッズが十分にある時代です。このような時代に我々が"できない"ということは我々の怠慢でしかありません。今日から,更なる一歩を踏み出して「うちの感染症検査室・微生物検査室はほんとうによくやってくれるよ。患者さんよくなったよ。お陰で感染拡大せずに防ぐことができたよ。外注もいいけど,微生物検査は院内検査でよかったよ。」という声を聞ければ,我々の日々の努力が少し報われる気がします。