感染症レビュー

〜ヘルパンギーナ(Herpangina)〜

近畿大学医学部附属病院 前野 知子


【はじめに】

 ヘルパンギーナは突然の発熱と口腔粘膜の水疱性発疹を特徴とする小児の急性ウイルス性咽頭炎であり,"夏かぜ"の代表的疾患である。


【疫学】

日本では6〜8月の夏季に多発し,7月にピークとなる。好発年齢は1〜4歳で,1歳が最も多い。(下図参照)

       2003年大阪府におけるヘルパンギーナ感染者数の動向


【病原体】

 大多数がエンテロウイルス属の感染によるもので,A群コクサッキーウイルス(CA)によるものが多く,2,3,4,5,6,10型などの血清型が分離される。稀にB群コクサッキーウイルスやエコーウイルスによるものもある。


【感染経路】

 急性期には咽頭からウイルスが排泄されるので,飛沫感染する。急性期〜回復期には,1〜4週間にわたりウイルスが排出されるため,汚染された手指や飲食物を介した間接的経口感染もある。


【臨床症状】

 潜伏期間は2〜4日。38〜40℃の突然の発熱で発症し,咽頭痛を訴える。咽頭は発赤し,口腔内,主として軟口蓋を中心に直径1〜2mmほどの紅暉を伴った小水疱を認める。有熱期間は1〜3日間程度で,やや遅れて粘膜疹も消失する。発熱時に熱性痙攣を伴うことや,口腔内の疼痛のため不機嫌,拒食,哺乳障害,それによる脱水症などを呈することがあるが,ほとんどは予後良好である。稀に,無菌性髄膜炎や急性心筋炎などを合併することがある。鑑別診断としては,ヘルペスウイルス感染症による歯肉口内炎,手足口病,アフタ性口内炎などがある。


【診断】

 実際には臨床症状による診断で十分なことが多い。
 確定診断には咽頭拭い液や直腸拭い液,髄膜炎合併例では髄液を用いた,ウイルス分離やウイルス抗原の検出,PCR法や制限酵素切断法などの遺伝子診断法などがある。


【治療】

 通常は対症療法のみである。無菌性髄膜炎や心筋炎の合併例では入院治療が必要となる。抗生剤は用いるべきでない。


【予防】

 特別な予防法はなく,感染者との密接な接触を避けることや,流行時にうがいや手指消毒を励行することなどである。


【感染症新法の中での取り扱い】

 5類感染症・定点把握疾患(小児科定点)に定められており,診断した医師は,指定届出機関のみ,週単位(翌週の月曜日)で最寄りの保健所に届出る。報告の基準は以下の通りとなっている。

 ○診断した医師の判断により,症状や所見から当該疾患が疑われ,かつ,以下の2つの基準を満たすもの.
  @ 突然の高熱での発症.
  A 口蓋垂付近の水疱疹や潰瘍や発赤.

 ○上記の基準は必ずしも満たさないが,診断した医師の判断により,症状や所見から当該疾患が疑われ,かつ,病原体診断や血清学的診断によって当該疾患と診断されたもの.


【最後に】

 私が幼いころは,"ヘルパンギーナ"という言葉を聞いたことがなかったように思います。しかし,今はこの病名をよく耳にするようになりました。特に,幼い子供を持つ方々にとっては,身近に感じることと思います。身近になりすぎたためかどうかはわかりませんが,夜間に突然の高熱と発疹のため,救急外来に子供さんを連れて行くと,「"ヘルパンギーナ"ですね〜。」と言われたそうです。しかし,後日小児科に連れて行くと'麻疹'であることが判明したという話を耳にしました。ほとんどの症例が,臨床症状で診断されるため,特に病院の検査室で接する機会は少ないですが,正しい知識を持っておく事はとても重要だと思います。