感染症レビュー
〜水痘 (Varicella)〜
大阪市保健所保健医療対策課 堂園 昌隆
【水痘とは】
水痘は,水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster virus;VZV)によって起こる急性の伝染性疾患である。19世紀の終わりまでは,水痘と天然痘は明確に区別されていなかったが,1875年Steinerによって,水痘患者の水疱内容を接種することによって水痘が発症することが示され,1888年von
Bokayによって,水痘に感受性のある子どもが,帯状疱疹の患者との接触によって水痘が発症することが確認された。1954年にThomas
Wellerによって,水痘患者および帯状疱疹患者いずれの水疱からもVZVが分離されることが確認された。その後の研究によって1970年代に日本で水痘ワクチンが開発され,現在水痘の予防に使用されている。
【病原体】
ヘルペスウイルス科のα亜科に属するDNAウイルスである水痘・帯状疱疹ウイルス(Varicella-Zoster virus;VZV)
【臨床症状】
潜伏期は2週間程度(10〜21日)であるが,免疫不全患者ではより長くなることがある。成人では発疹出現前に1〜2日の発熱と全身倦怠感を伴うことがあるが,子どもでは通常,発疹が初発症状である。発疹は全身性で掻痒を伴い,紅斑,丘疹を経て短時間で水疱となり,痂皮化する。通常は最初に頭皮,次いで体幹,四肢に出現するが,体幹に最も多くなる。数日にわたり新しい発疹が次々と出現するので,急性期には紅斑,丘疹,水疱,痂皮のそれぞれの段階の発疹が混在することが特徴である。またこれらの発疹は,鼻咽頭,気道,膣などの粘膜にも出現することがある。臨床経過は一般的に軽症で,倦怠感,掻痒感,38度前後の発熱が2〜3日間続く程度であることが大半である。成人ではより重症になり,合併症の頻度も高い。通常,呼吸器症状や胃腸症状を伴うことはない。初感染からの回復後は終生免疫を得て,その後に野生株に暴露された場合には,臨床症状を起こすことなく抗体価の上昇をみる。
合併症の危険性は年齢により異なり,健康な小児ではあまりみられないが,15歳以上と1歳以下では高くなる。1〜14歳の子どもでの死亡率は10万人あたり約1例であるが,15〜19歳では2.7例,30〜49歳では25.2例と上昇する。合併症として,皮膚の二次性細菌感染,脱水,肺炎,中枢神経合併症などがある。水痘に合併する肺炎は通常ウイルス性であるが,細菌性のこともある。中枢神経合併症としては無菌性髄膜炎から脳炎まで種々ありうる。脳炎では小脳炎が多く,小脳失調をきたすことがあるが予後は良好である。より広範な脳炎は稀で1万例に2.7程度であるが,成人には多く見られる。急性期にアスピリンを服用した小児では,ライ症候群が起こることがある。免疫機能が低下している場合の水痘では,生命の危険を伴うことがあるので十分な注意が必要である。
【病原診断】
通常は臨床的に診断がなされるが,確認のためには実験室診断が行われる。患者からのウイルス分離がもっとも直接的であり,通常,水疱内容から行われることが多い。鼻咽頭から分離するのは難しい。水疱擦過物の塗沫(Tzanck
smear)染色標本上で多核巨細胞を証明すれば診断に有用であるが,単純ヘルペスとの鑑別はできない。水痘・帯状疱疹ウイルスは,モノクローナル抗体を用いた蛍光抗体法により確認できる。血清学的診断には種々の方法が用いられ,gpELISA法が有用であるが日本では研究レベルで開発が始まったばかりであり,IAHA法,ELISA法が用いられているのが現状である。急性期と回復期でIgG抗体の有意な上昇を確認するか,IgM抗体を検出することにより診断がなされる。近年ではPCR法によりVZV
DNAの検出が可能である。
また,VZVに対する細胞性免疫能を評価する方法として,水痘皮内抗原を用いた皮内テストがある。保険適応はないが,皮内テスト液は市販されている。0.1mlを皮内注射し,24時間〜48時間後に発赤最大径が5mm以上の場合に,VZVに対する細胞性免疫が陽性であると判定される。これは,迅速に診断が求められる場合に有効な方法である。
【治療と予防】
通常,石炭酸亜鉛化リニメント(カルボルチンクリニメント;カチリ)などの外用が行われる。二次感染をおこした場合には抗生物質の外用,全身投与が行われる。抗ウイルス剤としてアシクロビル(ACV)があり,重症水痘,および水痘の重症化が容易に予測される免疫不全者などでは第一選択薬剤となる。この場合,15mg/kg/日を1日3回に分けて静脈内投与するのが原則である。一方,免疫機能が正常と考えられる者の水痘についても,ACVの経口投与は症状を軽症化させるのに有効であると考えられており,その場合,発症48時間以内に50〜80mg/kg/日を4〜5日間投与するのが適当であるとされている。しかし,全ての水痘患者に対してルーチンに投与する必要はないと思われる。
本疾患はヒト−ヒト感染によるので,その予防は感染源のヒトとの接触をさけることが重要である。弱毒化生ワクチンが日本,韓国,米国などで認可されているが,任意接種のワクチンの扱いである。1回の接種での抗体獲得率は約92%である。米国では,1歳以上で水痘の既往のない全ての小児に対してワクチン接種が推奨されている。副反応としては,軽度の局所の発赤,腫脹(小児では19%,成人では24%)が主なものである。水痘様発疹の出現は4〜6%とされているが,発疹の個数は5個程度でほとんどは斑丘疹である。全身性の副反応は稀である。また従来,ゼラチンアレルギーのある小児などでは注意が必要であったが,各ワクチンメーカーの努力により,全ての生ワクチンからゼラチンが除去されるか,あるいはアレルギー反応を起こしにくい低分子ゼラチンの使用に変更された。これに伴い,水痘ワクチンからもゼラチンが除去され,現在日本で流通している水痘ワクチンはゼラチンを含まない製剤である。水痘ワクチンは,麻疹・風疹などのワクチンと異なり,ワクチン接種によって抗体が獲得されても,水痘ウイルスに暴露した時に発症することが10〜20%程度ありうる。ただし,この場合の水痘は極めて軽症で発疹の数も少なく,非典型的であることが殆どである。
【疫 学】
水痘ウイルスの自然宿主はヒトのみであるが,世界中に分布し,その伝染力は麻疹よりは弱いが,ムンプスや風疹よりは強いとされ,家庭内接触での発症率は90%と報告されている。発疹出現の1〜2日前から出現後4〜5日,あるいは痂皮化するまで伝染力がある。1999年4月の感染症法施行後の感染症発生動向調査によると,約3,000の小児科定点医療機関から毎週1,300〜9,500例の報告がある。季節的には毎年12〜7月に多く,8〜11月には減少しており,罹患年齢はほとんどが9歳以下である。
【感染症法での取り扱い】
1.発生動向調査
水痘は4類感染症定点把握疾患を構成する重要な疾患である。その報告は全国約3,000の小児科定点医療機関より毎週なされている。報告のための基準は以下の通りとなっている。
○診断した医師の判断により,症状や所見から当該疾患が疑われ,かつ,以下の2つの基準を満たすもの。
1. 全身性の丘疹性水疱疹の突然の出現
2. 新旧種々の段階の発疹(丘疹,水疱,痂皮)が同時に混在すること
○上記の基準は必ずしも満たさないが,診断した医師の判断により,症状や所見から当該疾患が疑われ,かつ,病原体診断や血清学的診断によって当該疾患と診断されたもの
2.学校保健法での取り扱い
第二種の伝染病に属する。登校基準は以下の通りである。
○すべての発疹が痂皮化するまで出席停止とする。ただし,病状により伝染のおそれがないと認められたときはこの限りではない。
【参照URL及び文献】
国立感染症研究所感染症情報センター http://idsc.nih.go.jp/index-j.html
感染症予防必携 財団法人日本公衆衛生協会1999