感染症レビュー

〜クロイツフェルト・ヤコブ病(Creutzfeldt-Jakob disease)〜

大阪市保健所保健医療対策課  堂園 昌隆


【クロイツフェルト・ヤコブ病とは】

 クロイツフェルト・ヤコブ病(以下,CJDと略す)中年期以後に発症する痴呆性疾患で,小脳症状,不随意運動(ミオクローヌスといわれる筋肉のピクつき運動)がなど多彩な症状ががみられ,急速に進行して,寝たきり,無言無動状態となる致命的な疾患である。病名はCreutzfeldtとJakobが最初に臨床症状と病理学的所見を報告したことに由来する。
 病理学的所見の中心が大脳皮質の海綿状態であることから亜急性海綿状脳症とも呼ばれる。
 現在では成因から,プリオン(prion)病,また病理面から伝達性海綿状脳症(以下,TSEと略す)として哺乳類の神経疾患群にまとめられている。近年,プリオン病またはTSEの感染性がクローズアップされ,社会的に認知された。


【病原体】

1.プリオン
 プリオンとは蛋白質性感染粒子のことで,TSEの核酸を含まない感染性病原体をさす造語として,米国のPrusinerによって1982年に提唱された。Prusinerはプリオン病の罹患脳から幅4nm,長さ数百nm程度の感染性の微細線維状物質を濃縮し,プリオン説を唱えるに至った。この微細線維状物質は現在,宿主プリオン蛋白が異常構造体へ変換され,凝集することによって形成されていると考えられている。
 プリオンの感染価は得られた臓器により一致しないことがあることから,プリオン以外に感染性に影響する因子が想定されている。

2.ヒトプリオン病
 プリオン病では,異常構造を有する異常プリオン蛋白が中枢神経系に蓄積し,不可逆的な致死性神経障害を生ずる。ヒトプリオン病の大半を占めるのは弧発性CJDである。プリオンには感染性があり,感染性ヒトプリオン病の例として,クールー(Kuru)や新変異型CJD(vCJD),移植後CJDがある。
 クールーはニューギニアの高地に住むFore族に年間1%の高率で発症していた疾患で,1966年にGadjusekらがチンパンジーへの感染実験に成功した。
 vCJDは1996年に英国で発表され,ヨーロッパ及び世界中をパニックに陥れた。vCJDは牛海綿状脳症(BSE)に起因していると考えられている。
 一方,プリオン遺伝子に変異を持ち,異常プリオン蓄積の原因となる疾患に遺伝性CJD,クールー斑状沈着を特徴とするゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群(GSS)や致死性家族性不眠症(FFI)などがある。

3.動物のプリオン病
 動物のプリオン病には,18 世紀にはすでに知られていた羊のスクレイピー(scrapie),シカ慢性消耗病(CWD),ミンク伝達性脳症(TME),1987年に発表され日本でも7頭見つかっているBSE,またネコ海綿状脳症(FSE)などがある。ネコや動物園のチータなどのTSEは,BSE 由来の餌が原因であると考えられている。


【プリオン蛋白の伝達性獲得機構】

 プリオン病の病因は,神経細胞表面にある正常プリオン蛋白が異常構造体へ変換後,異常プリオン蛋白の蓄積が生じ,神経細胞が変性した結果であると言われている。プリオン蛋白はさらに正常型プリオン蛋白(PrP C)と,異常(感染)型プリオン蛋白(PrP Sc)に分類されている。PrP CはC末端部で細胞膜へ連なり,PrP CからPrP Scへの変換は細胞膜上,または細胞質への再取り込み後におこると考えられている。PrP Cに多いらせん状構造(αへリックス)が板状構造(βシート)へ変換した結果,PrP Scになる。この構造変換によってプリオン蛋白は伝達性を獲得する。
 異常構造の伝達は種々の宿主因子が関与しながら,異常構造体を核として正常プリオン蛋白が変換され凝集体が形成されていく数種のモデルによって説明されている。この構造変換に伴い,プリオン蛋白は伝達性に加え蛋白分解酵素耐性を獲得する。


【臨床症状】

 弧発性CJDの主症状は抑うつ,不眠,記憶・判断力の低下,行動異常など漠然とした前駆症状の後,急速に痴呆が進行するとともに,四肢の筋力低下と硬直,振戦,あるいは小脳症状による歩行障害などが生じる。特徴的なのは,音や皮膚に触れるなどの刺激に対する感受性の亢進とミオクローヌス(ちょっとした音に対してもピクッと身体をふるわせるなど)である。これらの症状は急速に進行し,精神荒廃,除脳硬直(手足を伸ばしたまま硬くなって,ちょっとした刺激によっても手足を強く伸展する動きを示す状態),昏睡状態となり,死に至る。全経過は数カ月,長くて2年以内(平均17か月)のことが多い。
 遺伝性CJDは弧発性CJDに似た臨床症状を示す。
 vCJDは20歳代の若年者に好発し,行動異常,感覚障害,ミオクローヌスを主症状とし,無動性無言状態に陥るのに1年を要する。


【疫 学】

 我が国を含め,世界各国の弧発性CJD有病率は同一で,人口100万人対1前後とまれな疾患である。地理的に違いがない感染症としてもCJDは特異的である。発症年齢の平均は62歳であり,女性が男性よりやや多い。大多数が弧発例で,家族性あるいは遺伝性が約10%ある。
 vCJDは2002年5月までに英国で122名報告されており,今後の推移予測には数千名から数万名台の幅がある。他にフランスで6 例,アイルランド,イタリア,米国,香港でそれぞれ1 例報告されている。vCJDのリスクをふまえ,わが国では2001年3月より英国,アイルランド,スイス,スペイン,ドイツ,フランス,ポルトガル,ベルギー,オランダ,イタリアに1980年以降,通算6カ月以上の滞在歴を有する人の献血は受け付けないことになっている。
 我が国の感染症発生動向調査によるCJDの報告は,1999年4〜12月に87例,2000年1〜12月に102例,2001年1〜12月に130例(暫定データ)となっている。


【病原診断】

1.脳波所見
 臨床的なミオクローヌスに一致して,脳波で周期性同期性放電がみられる。
 (周期性同期性放電とは,0.5〜2秒間隔でくり返す棘波あるいは徐波の周期的な波形をいう。)

2.画像所見(脳MRI,CT)
 脳萎縮が急速に進行し大脳白質の容積の減少に平行して脳室が著明に拡大してくる。

3.脊髄液所見
 神経特異的エノラーゼ(neuron-specificenolase:NSE)や,脳由来特殊蛋白(14-3-3)が病初期に上昇する。

4.剖検所見
 異常プリオン蛋白は蛋白分解酵素に耐性を獲得するので,剖検材料(脳組織,扁桃,脾,髄膜,移植例では角膜)から蛋白分解酵素耐性の異常プリオン蛋白の同定をWestern Blot法やELISA法によって行う。また,蟻酸処理後に抗プリオン抗体による免疫染色を行う。わが国の食肉衛生検査所では,食肉処理を行う全てのウシの延髄乳剤をサンプルとして,ELISA法によってスクリーニングを行い,病理組織および免疫組織化学検査とWestern Blot法によってBSEの確定検査が行われている(2001年10月より実施)。実際に感染性を調べる高感度なバイオアッセイとして,正常プリオン蛋白を過剰に発現させたトランスジェニックマウスが開発され,短期間で発症するので有用である。脾臓には感染後40日程度で異常プリオン蛋白の集積が認められるので,有効な検索対象であることが判明している。


【治療と予防】

 治療法は無い。全身痙攣,ミオクローヌス発作は,対症的に薬剤で抑えられるが,急速に悪化して寝たきりとなり,死亡する。
 CJDでは一般に空気感染や経口感染はないとされている。vCJD,BSEでは病原体の経口摂取による感染が疑われている。手の汚染,注射針などの刺傷,感染物の眼への飛沫や手で眼をこすることなどを避ける。紫外線,エタノールなどの消毒法は無効であり,汚染したものは焼却するか,SDS(sodium dodecyl sulfate)を3%含む溶液中で100℃,5分間以上加熱処理する。
 臨床材料はバイオセーフテイレベル2において扱う。プリオン病原体などの臨床材料または剖検材料からの抽出は,レベル2内の安全キャビネット内で行う。
 ホルマリン固定後の蟻酸不活化処理パラフィン包埋組織については危険性がなく,室温における輸送が可能である。3%SDS 中で5分間以上煮沸したWestern Blot法のサンプルに感染性はない。器具などの汚染の不活化・消毒は困難である。消毒法としては,焼却あるいは3%SDS中で5分間煮沸,5%次亜塩素酸ナトリウム中に2時間以上,あるいは2N NaOHに1時間,室温で浸す。高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)は132℃で1時間行うが,乾燥した器具などには適さない。
 ヒツジの脳はフランスで数百年に渡り食されており,スクレイピーのヒトへの伝達は起こらないと推定されている。しかし,ヨーロッパにおいてヒツジ及びヤギにBSEが伝達している可能性が否定できないため,ヨーロッパにおけるヒツジ及びヤギ神経組織の摂食にも注意が必要である。


【感染症法における取り扱い】

 クロイツフェルト・ヤコブ病は4類感染症全数把握疾患であり,診断した医師は7日以内に最寄りの保健所に届け出る。報告のための基準は以下の通りである。

T 孤発性CJD

 1. 進行性痴呆を示し,表1に掲げる疾患を除外出来る症例。

 2. (1) ミオクローヌス,(2) 錐体路又は錐体外路症状,(3) 小脳症状又は視覚異常,(4) 無動性無言の4項目のうち2項目以上の症状を示す症例。

 3. 脳波に周期性同期性放電(PSD)を認める症例。

 4. CJDに特徴的な病理所見を呈する症例,又はWestern Blot法や免疫染色法で脳に異常なプリオン蛋白を検出し得た症例。
  ・疑い(possible)上記1,2を両方とも満たす症例。
  ・ほぼ確実(probable)上記1〜3をすべて満たす症例。
  ・確実(definite)上記4を満たす症例。


U 家族性CJD

 1. 進行性痴呆を示し,表1 に掲げる疾患を除外出来る症例。

 2. (1) ミオクローヌス,(2) 錐体路又は錐体外路症状,(3) 小脳症状又は視覚異常,(4) 無動性無言の4項目のうち2項目以上の症状を示す症例。

 3. 脳波に周期性同期性放電(PSD)を認める症例。

 4. 疾患特異的プリオン蛋白遺伝子変異が証明された症例。

 5. CJD に特徴的な病理所見を呈する症例,又はWestern Blot法や免疫染色法で脳に異常なプリオン蛋白を検出し得た症例。
  ・ほぼ確実(probable)上記1〜4をすべて満たす症例。
  ・確実(definite)上記4,5の両方を満たす症例。


V 新変異型 CJD

 1. 若年発症(平均年齢:20歳代)で,亜急性進行性痴呆(発病してから無動性無言状態にいたるまでの臨床経過が6カ月〜2年かかる)を呈し,表1 に掲げる疾患を除外できる症例。

 2. (1) 早期に出現する精神症状(不安,抑うつ,行動異常など),(2) 早期より認められる四肢,顔 面の錯感覚又は異常感覚,(3) 小脳症状,(4) ミオクローヌス,ジストニア又は舞踏運動のいずれか1つ以上の症状,(5) 痴呆,(6) 無動性無言の6項目のうち5項目以上の症状を示す症例。

 3. 脳波にて典型的なPSDが見られない症例。

 4. 医原性感染を疑わせる既往がない症例。

 5. プリオン蛋白遺伝子変異が見られない症例。

 6. 新変異型CJD に特徴的な病理所見(異常なプリオン蛋白からなるアミロイド斑が多数存在し,アミロイド斑の周りを海綿状態が取り囲む,いわゆるflorid plaque)を呈する,または,Western Blot法や免疫染色法で,脳もしくは扁桃に新変異型CJD に特徴的な異常なプリオン蛋白を検出し得た症例。
  ・疑い(possible)上記1〜5のすべてを満たす症例。
  ・確実(definite)上記5,6を満たす症例。




W GSS (ゲルストマン・ストロイスラー・シャインカー症候群)

 1. 進行性小脳症状か痙性対麻痺のいずれか又は両方に,痴呆を合併し,表2 に掲げる疾患を除外できる症例。

 2. プリオン蛋白遺伝子に疾患特異的な変異が認められる症例。

 3. 病理所見で,異常なプリオン蛋白陽性のアミロイド斑が認められる症例。
  ・疑い(possible)上記1を満たす症例。
  ・ほぼ確実(probable)上記1,2の両方を満たす症例。
  ・確実(definite)上記1〜3のすべてを満たす症例。




X FFI (致死性家族性不眠症)

 1. 臨床的に頑固な不眠,記憶障害,交感神経興奮状態(高体温,発汗,頻脈など),ミオクローヌスなどを認め,表3 に掲げる疾患を除外できる症例。

 2. プリオン蛋白遺伝子のコドン178 変異を有する症例。

 3. 病理学的に視床の選択的海綿状変性が認められ,Western Blot 法で脳に異常なプリオン蛋白を検出し得た症例。
  ・ほぼ確実(probable)上記1,2の両方を満たす症例。
  ・確実(definite)上記2,3の両方を満たす症例。




《備考》
本診断基準による「疑い」は,それぞれの条件に該当する症例である。従って,「いわゆる疑似症」ではないので,留意されたい。


【参照URL及び文献】

 神経筋難病情報サービス http://www.saigata-nh.go.jp/nanbyo/
 国立感染症研究所 http://www.nih.go.jp/niid/index.html
 厚生省保健医療局疾病対策課編クロイツフェルト・ヤコブ病診療マニュアル 1997年