感染症レビュー

〜性器クラミジア感染症(Chlamydia trachomatis)〜

大阪府済生会吹田病院 井上 伸


T C.trachomatisの細菌学

分類,形態
 Chlamydia属には愛玩用の小鳥から伝播,ヒトにオウム病を起こすC.psittaci,ヒトからヒトへの伝播による呼吸器感染症を起こすC.pnueumoniae,眼疾トラコーマの病原体であると同時に性感染症の病原体でもあるC.trachomatisがある。同属は細菌と異なりその増殖過程において宿主細胞に依存する細胞偏性寄生性微生物である。
 本属の増殖過程において,性状の異なる基本小体と網様体と呼ばれる2種の菌体が出現する。基本小体が感受性細胞に侵入すると,6〜8時間後には貪食細胞内で網様体となり,2分裂増殖ののち個々の網様体は再び基本小体に成熟する。これらはすべて貪食胞に由来する腔胞内で行われる。貪食胞は,内部のChlamydiaの増殖にともなって光学顕微鏡下で観察可能な大きさに拡大され,宿主細胞の崩壊によって,菌体は細胞外に出される。このChlamydia増殖の場を封入体という。基本小体,網様体ともグラム陰性である。
 増殖におけるC.trachomatisの特徴は,感染後24時間以降から起こる封入体のグリコーゲンの蓄積である。これによりヨードで容易に染色される。この性質は他のC.psittaciC.pneumoniaeにはなく,封入体のヨード染色陽性は種の同定のキーとなる。

1.抵抗性
 感染細胞から遊離したC.trachomatis基本小体の感染力は37℃で急速に低下,24時間までに約1/10000に低下する。56℃30分でほぼ完全に感染力を失活させる。また,消毒用エタノール,過酸化水素,ヨード液で1分,苛性ソーダで5分,次亜塩素酸ソーダ,石鹸水は30分でそれぞれ感染力を消失させる。


U 微生物学的検査

分離,同定法
 臨床材料からのC.trachomatisの分離や分離株の継代には,以下の条件を満たす必要ががある。
 @ 細胞寄生性であるためHela細胞,McCoy細胞など感受性細胞を用意しておく。
 A 臨床材料の接種には遠心操作を要する。(2000〜3000xg)
 B 封入体の形成が観察可能なヨード染色法では光学顕微鏡,また蛍光抗体法では蛍光顕微鏡を用意する。以下,詳細は成書参照。

1.非分離法による検出法
 @ 抗原抗体反応による方法
 C.trachomatis特異抗体を使い,蛍光顕微鏡により反応物質を観察,特異性の高い直接法,一方材料中の菌体成分と特定の物質に吸着させた特異抗体とを反応,標識酵素の活性を利用して基質を発色させる方法などがキット化市販されている。
 A C.trachomatis固有のRNAを標識DNAプローブとハイブリッド結合させ,その結合物質を発光標識を測定する方法がありキット化市販されている。

2.免疫学的検査法
 C.trachomatis感染は粘膜感染であり,宿主の免疫応答は全身免疫応答系のIgM−IgG系より,局所免疫系のIgA系が優位な反応を示す。そのためacute antibodyであるIgA抗体の上昇が活動感染の一般的指標とされている。


V C.trachomatis感染症の治療

 治療薬剤は細菌感染症と異なりその抗菌薬は限定され,β―lactam系の薬剤は無効であり,代謝阻害系の薬剤でなければならない。第一選択薬としてMINO,DOXY。妊婦,新生児にはEM,CAMが一般的治療薬とされている。他にNew Quinolone系薬剤としてLVFX,CPFX,SPFXなども有効とされている。

 C. trachomatis感染症の治療は診断さえ決まれば各種抗菌薬によく反応するため,比較的容易であるものの,多くの無症侯例の放置が社会的にも大きな問題となっており,特に女性での骨盤内感染による不妊症,妊婦での母子垂直感染などがあげられる。他のSTDと共に公衆衛生学的対策が重要課題と思われる。


〔文献〕
 多村 憲,松本 明:クラミジアの増殖とその細胞壁の構造変換. 蛋白質核酵素 1972 
 熊本悦明:性感染症の不顕性感染.臨床医 15:84−85,1989
 熊本悦明:妊婦におけるC.trachomatis感染症.産科と婦人科 57:257−262,1990