1月定期講習会参加レポート
今日から見直そう微生物検査のキ−ポイント 〜呼吸器感染症〜
講師:NTT西日本大阪病院 福本 晃 先生
結核予防会大阪病院 伏脇猛司
去る1月20日(火)大阪市立大学医学部4階講義室にてNTT西日本大阪病院福本晃先生をお迎えし,「今日から見直そう微生物検査のキーポイント−呼吸器感染症−」と題して呼吸器感染症検査の考え方・解釈・取り組み方などを,基本に振り返った内容で,また,先生御自身の長年の経験から得られた知見など御講演いただきました。以下に当日の講演内容を報告します。
呼吸器感染症を知る
呼吸器感染症検査を行うに当り,まず呼吸器感染症を知る必要がある。日本呼吸器学会より「呼吸器感染症に関するガイドライン」が2000年3月に発表され,大変分かりやすく書かれているので微生物検査を担当する我々技師にとっては臨床を知る意味においても一読をお勧めする。欧米では早くから市中肺炎に関するガイドラインが発表されており,日本でも呼吸器学会等のアンケ−トでガイドラインの必要性が強く望まれていた。内容はまず,市中肺炎と院内肺炎に大きく分けられ,主に肺炎の診断基準と治療及び抗菌薬の選択が詳しく書かれている。勿論,原因微生物の検索についても書かれているが主体は肺炎治療のためのガイドラインである。
これは成人市中肺炎診療の基本的考え方の中で書かれている原因微生物検査の為のフロ−チャ−トの抜粋である。呼吸器感染症の微生物検査の大まかな流れは大体この様になっているが,検査項目についてはそれぞれの施設の規模に応じて行われている。
呼吸器感染症はヒトの感染症の中でも病原体の種類も多く,病原性のランクも様々である。また診断の為の検査法も多種多様となる。そのため他の感染症に比べ難しい印象を受ける。さらに,鼻腔・咽頭ぬぐい液・喀痰などは常在菌の汚染が避けられず,起炎菌の検出を一層困難なものにしている。
呼吸器感染症には大きく上気道感染症と下気道感染症がある。声帯より上の呼吸器に起こる感染症を上気道感染症(咽頭炎,扁桃炎,喉頭炎,鼻腔炎,副鼻腔炎など),声帯より下の呼吸器に起こる感染症を下気道感染症(気管支炎など)と分けられる。
検査材料は主に気道分泌物で,上気道感染症の場合は咽頭及び鼻腔のぬぐい液,下気道感染症の場合には喀痰が最も多く,他にBAL,肺生検組織,胸水,膿汁,血液,尿などが検査材料の対象になる。
先にも述べた通り,呼吸器から得られた検査材料には口腔内常在菌の汚染は避けらず,起炎菌検出において妨げとなる。最もよく提出される検査材料である喀痰については,喀痰洗浄を行い常在菌を洗い流すことによって,顕鏡時および,分離培養時にて起炎菌が見つけ易くなる。また,喀痰においては品質管理も重要で,材料の良し悪しが検査結果に大きく影響する。その為,喀痰の品質を肉眼的,及び顕微鏡下にて分類することも重要である。
喀痰の肉眼的評価のMiller&Jonesでは膿性痰を含むP1〜P3が検査材料として適している。顕微鏡下における品質評価にGecklerの分類があるが,扁平上皮細胞数と好中球数にて6段階に群別し,通常4〜6群が検査材料として適している。
上図は微生物検査室にて行われる一般的な検査の流れである。
喀痰洗浄を行った後に検鏡を行った際には,できる限り気炎菌の推定を行う癖をつける。検鏡検査は最も迅速かつ安価で特殊な機材を必要とせず,肺炎の初期治療における抗菌薬選択の重要な指標となる為,ローテーションなどで微生物検査を始めたばかりの検査技師はまず,グラム染色における気炎菌推定の習得に励む必要がある。
検鏡検査以外にも近年,微生物検査の迅速化が進み,DNAプローブ法やPCR法などの遺伝子学的検査法によって抗酸菌やマイコプラズマ,カリニ,クラミジア,レジオネラなどの感染症診断を行うことが出来,特に抗酸菌のPCR法は院内感染対策上,重要な項目となっている。また,免疫学的に抗原検出を行う検査法ではレジオネラの尿中抗原検出や,咽頭・鼻腔におけるインフルエンザウイルス,溶レン菌の検出も多くの施設で取り入れられている。
上気道感染症のほとんどはかぜ症候群に代表されるウイルスによる感染症が多くみられ,散在的にクラミジア,マイコプラズマ,溶レン菌などによる感染症がみられ,近年稀に淋菌が咽頭ぬぐい液より検出される。
下気道感染症では,市中肺炎と院内肺炎とで気炎菌に差がみられ,入院期間が長くなるほどに病原性は低いが薬剤耐性度が高い菌による感染症が増える傾向がある。
Legionella感染症検査
検査のポイント
材料の採取は有効抗生剤投与前に採取する。保存は0〜4℃,2日以上の場合は−70℃とし,乾燥しない事。
喀痰は上皮細胞が多く,好中球が少ない検体においても培養陽性になることがある。(喀痰膿性度にかかわらない)
ヒメネス染色液(武藤化学)A液・B液混合後は48時間以内に使用とする。
酸処理は主にBacillusの発育抑制。Ph2。2緩衝液(武藤。日研)10〜20分放置
熱処理は50℃20〜30分放置後培養。60℃では3分放置
無菌材料及び無菌に近い材料は直接培地に接種する。(前処理しない)
3日以内の発育は陰性(Legionella属以外の雑菌)の可能性がある。
自然界でのレジオネラ菌の生態は,片利共生,共利共生,寄生と3つのパタ−ンを取っている。従属栄養細菌の代謝産物を栄養源として利用。一緒に培養すると従属栄養細菌の周辺部にレジオネラ菌は微小なコロニ−を形成,共存下でのみ菌数の増加がみとめられる片利共生。微細藻類はレジオネラ菌に酸素と代謝産物(アミノ酸)を提供。レジオネラは炭酸ガスを提供する共利共生。
レジオネラ菌は自然環境中では自身で増殖する能力はなく原生動物アメ−バ−の細胞内に寄生してその食胞内で増殖を繰り返し,一晩で1000倍にも増殖する。
発育温度は0〜63℃,PH5〜8.5
感染経路
経気道感染(循環式浴槽水,空調の冷却塔水などから発生するエアロゾルを肺へ吸入することで感染する)人から人への感染はないとされる。
潜伏期間
レジオネラ肺炎:2〜10日(平均4〜5日)
ポンティアック熱:1〜2日
主な症状
レジオネラ肺炎:全身性倦怠感,頭痛,食欲不振,筋肉痛などの症状に始まり,乾性咳嗽(2〜3日後には,膿性〜赤褐色の比較的粘稠性に乏しい痰の喀出),高熱,悪寒,胸痛が見られるようになる。傾眠,昏睡,幻覚,四肢の振せんなどの中枢神経系の症状が早期に出現するのも本症の特徴とされる。胸部X線所見では肺胞性陰影であり,その進行は速い。
ポンティアック熱:突然の発熱,悪寒, 筋肉痛で始まるが一過性で治癒する。
Legionellaの各種検査法における陽性率の比較
上表は第13回日本微生物学会総会ワ−クショップにて発表された資料であるが,詳しい疫学調査や抗菌薬感受性試験などを実施するためには培養にて菌を検出しなくてはいけないが,26。9%と満足できる結果ではない。今後は培養の陽性率・迅速性を向上させる必要があると考えられる。臨床的には尿中抗原検出が有用であり,現在保険適応もある為,採用されている施設も増えつつある。
最後に
長年微生物検査に携わってこられた先生ご自身が感じられた微生物検査におけるキーポイントとして
1. 適切な検査材料の採取
2. 検査終了まで材料を保存しておき、検査結果が臨床と合わない時には別の方法を試みる
3.主治医との連携(患者情報や各種検査結果などの意見を交換しあう)
この3つを挙げられました。どれも基本的な事項で,重要であることは漠然と感じつつも,本当にできているのであろうか,もう一度見直してみなくてはいけないと感じさせられました。またこれらの事項を完遂する為に必要な知識や技術の習得にも励んでいきたいと思います。